翡翠の騎士たち
03
「ダニー、それで情報は」
椅子に座り、もどかしげにクロノアが問う。
「はい。やはり彼は密輸を行っている様子です。サイラス様は、当初の予定通りに行動せよと」
「そうか……」
「はい。それから、一つ気になる情報が」
「何だ」
「例の者が、また何事か企んでいるとか。――いかがいたしますか?」
クロノアは苦笑した。
「それは俺の権限じゃねえよ。サイラスにでも任せとけ」
「しかし……」
「ダニー、俺はそんな面倒なことはやりたくねえんだ。その辺りはサイラスの管轄だ。言っとけ、俺はお前専用の便利屋じゃないんだってな」
「――了解致しました」
ダニエラは再び一礼すると、懐から袋を取り出した。
「こちらが、当面の路銀です」
机の上に置いたその音は、非常に重量感のある音だった。
クロノアが口を縛っていた紐を解き、中身を改めるのを見て、思わずアーサーは腰を浮かせそうになった。
その数、銀貨にして百枚はありそうだ。これだけあれば一年ほどは生活がもつかもしれない。
「こちらは、あなたの分です」
そしてさらに、同じものをアーサーの前に置く。
触れたことも見たこともない硬貨の量に、アーサーはしばし絶句した。
「……あんたたちは」
尋ねかけて、アーサーは口をつぐんだ。聞いてどうなるものでもないことは、アーサー自身が一番良く知っている。
「……俺に渡して、本当にいいのか?」
「どういうこった?」
クロノアが不思議そうに首を傾げる。
「俺がこれだけの大金を持ち逃げしたらどうする気だ?」
銅貨数枚のために人を殺す盗賊もいる世の中だ。銀貨百枚ともなれば、目の色を変えてもおかしくない。
だが、ダニエラが、くすりと笑った。
「あなたの身元は割れているのに?」
その答えに、アーサーは自分の失態を悟った。
アーサーは面が割れている上、名前も所属の場所も知られている。今後追われ続けることを考えれば銀貨百枚では釣り合わない。
しかし、それを追えるということは、やはり国内での情報網は相当広範囲と見るべきだろう。それだけの権力なり財力なりを持っている人物が裏にいるということだ。
アーサーは自分が思ったよりも大事に巻き込まれているような気がして、眉をひそめた。
不可抗力とは言え、できれば面倒には入りこみたくないというのが本音だった。
「……しかし、随分と羽振りがいいんだな」
「らしいな。今回みたいに気前がいいと俺も仕事が楽なんだが」
ダニエラは微笑して立ち上がった。フードをかぶり、一礼する。
「風が、あなた方に吹きますように」
「ああ、お前にもな」
それが彼らの決まり文句らしく、ダニエラはアーサーにも一礼して出て行った。
扉を閉めるその仕草までが宮廷風のもので、アーサーは胸中の靄を吐き出すようにため息をついた。
「どうした?」
「……考えてもどうしようもないんだがな、お前たちの正体が分からない」
「教えてやろうか?」
「……やめておく」
「何でだ?」
「この世にただほど高いものはないからな。後でどんな仕返しをくうか分からん」
クロノアは一瞬きょとんとしたあと、おかしそうに吹き出した。
「ははは! 確かにな。じゃあ代金をもらえば安心するのか?」
それは微妙なところだ。
思ったが、アーサーは別のことを口にした。
「――お前の格好は、どう見ても粗野な傭兵だ。格好だけじゃない、態度も、その雰囲気も、明らかに傭兵稼業の奴だ。――それがいかにも宮仕えをしている女に敬われている。それも、上辺だけの追従なんかじゃなく、本当に尊敬されていただろう。俺にはそれが不思議でしょうがない」
「……そこまで褒められるとむず痒いな」
「別に褒めたわけじゃない。俺の思ったことを口にしたまでだ」
「……だから余計に痒いってか……」
本当に痒そうに、クロノアは首筋を掻く。
「……それからもう一つ。普通なら、俺たちがこんな詮索をすると、依頼主は怒る。お前たちには関係のないことだ、道具は黙っていろ。とな」
「そりゃひどいな。自分の都合で呼んどいて。お前も苦労してるねえ」
心底同情するような表情のクロノアに、アーサーは眉を寄せた。
「……そういうところがおかしいと言ってるんだがな」
「何だ、じゃあお偉方みたいにふんぞり返って『お前は口を挟むな』って言えばいいのか? 俺は御免だね。中身のねぇ権威なんざ、張りぼての城と変わんねーだろ」
「……お偉方が聞いたらひっくり返りそうな台詞だな」
身分が上の者を敬い、奉仕し、疑問を抱かないのが普通のはずだが、この男はそんな敬意など微塵も持ち合わせていないようだった。
「――まあ、他愛無い会話はこの辺にしとくとしてだ。本題入るぜ、いいか?」
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